大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 平成8年(レ)8号 判決 1997年9月26日

控訴人

出店博幸

右訴訟代理人弁護士

飯森和彦

右訴訟復代理人弁護士

西村依子

宮西香

被控訴人

石川トナミ運輸株式会社

右代表者代表取締役

水野数己

右訴訟代理人弁護士

北尾強也

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金六八万一三九四円及びこれに対する平成七年一月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一審及び第二審を通じて被控訴人の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し金七九万五八四七円及びこれに対する平成七年一月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

(被控訴人)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人に雇用されて倉庫係として稼働中の控訴人が、倉庫内において保管中の浄化槽の上での作業中に、蓋がされていなかった浄化槽内部に転落し負傷する事故に遭ったところ、右事故は被控訴人の作業環境などについての雇用契約上の安全配慮義務違反によるものであるとして、右事故による損害の賠償として金七一万五八四七円、被控訴人の障害特別見舞金規定に基づく特別見舞金として金八万円及びこれらに対する本件訴状送達日の翌日である平成七年一月一五日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

被控訴人は、貨物自動車運送事業及び倉庫事業等を目的とする株式会社であり、控訴人は、昭和六一年春ころ、被控訴人に雇用されて入社し、平成四年一〇月ころから、他の従業員一名と共に倉庫係として勤務していたものである。

2  本件事故

控訴人は、平成六年六月一〇日午前九時ころ、石川県松任市<以下、略>所在の被控訴人会社事業所の倉庫内において、同日右倉庫内に搬入された保管貨物である浄化槽の上に昇って、浄化槽の点検口(開口部の直径が約五〇センチメートル)に蓋がされていないものに蓋をする作業を行っていたところ、右点検口から浄化槽内部に転落し、右肋骨不全骨折、背部挫傷の傷害を負った。

3  障害特別見舞金

本件事故当時適用のあった被控訴人の障害特別見舞金規程においては、従業員が業務上負傷又は疾病により休業した場合は、労働基準監督署の認定に基き(ママ)、休業四日以上に対して休業一日につき一〇〇〇円の補償をすること(同規程第三条)及び関係法令及び社則違反による故意又は本人の重大な過失による事故であると判明した時は、第二条の定めに関わらずその金額の全部又は一部を支給しないことがあり、この決定は労使でその都度協議の上決定すること(同規程第六条)が定められている。

本件事故については、平成六年七月一六日に開催された被控訴人の事故防止対策審議会において、控訴人に対する障害特別見舞金規程第三条による特別見舞金を支給しない旨の審議判定がされた。

二  当事者の主張及び争点

1  安全配慮義務違反

(控訴人の主張)

本件倉庫の広さが限られていること及び本件倉庫に搬入される貨物の種類、数量及び搬入時間を控訴人は事前に把握できない状態にあったことなどから、一部蓋がはずされた状態で搬入されてくる浄化槽については、倉庫内に隙間無く搬入した上、その上に昇って蓋をするという手順で作業をせざるを得ない状況にあり、浄化槽の形状からその上に昇っての作業は転落の危険性を伴うのであるから、これらの事情を知っていた被控訴人としては、この危険性を除去すべき雇用契約上の安全配慮義務を負い、控訴人が浄化槽の上に昇らずに作業できるよう倉庫のスペースを拡充し、控訴人に浄化槽上に昇らずに作業するように指示し、当日の入庫予定貨物について控訴人に事前に情報を与えて作業計画を立て易くし、あるいは、浄化槽の搬入の際にはもう一人の倉庫係に作業を手伝うように指示するなどの右危険性を除去するための安全対策を講じるべきであったのにこれをしなかった安全配慮義務違反がある。

(被控訴人の反論)

本件事故当日に搬入された浄化槽の数及び本件倉庫内で浄化槽用に使用されていたスペースの広さからすると浄化槽の上に昇らずに蓋ができる程度の隙間を空けて浄化槽を配置できたはずであり、また、倉庫内に浄化槽を搬入する前に蓋をするような作業手順を採ることも十分可能であったのであって、控訴人が浄化槽の上に昇って蓋をする作業をせざるを得ない状況にあったとはいえず、控訴人は自己の判断で浄化槽を隙間無く配置した上でその上に昇って蓋をする作業を行っていたのであるから、被控訴人に控訴人が浄化槽の上に昇って作業をすることによる危険性を除去すべき安全配慮義務があったとはいえない。

2  損害

(控訴人の主張)

控訴人は、本件事故による負傷に基き(ママ)、入院雑費六日分として金八四〇〇円(一日当たり一四〇〇円)、休業損害八三日分として金七三万六一二七円(一日当たり八八六九円)、慰藉料として金四〇万円の合わせて、金一一四万四五二七円の損害を負い、労災保険給付として休業補償給付金として金四二万五六八〇円、被控訴人会社からの見舞金として金三〇〇〇円の支払を受けたのでこれらを控除した金七一万五八四七円が賠償されるべき損害額である。

3  特別見舞金について

(被控訴人の主張)

被控訴人は、障害特別見舞金規程第六条に基き(ママ)、事故防止対策審議会で本件事故については控訴人の重大な過失によるものであることを理由に同規程三条による特別見舞金の不支給を決定したから、被控訴人は、控訴人に対して、右見舞金の支給義務を負わない。

(控訴人の反論)

本件事故について、控訴人に重大な過失はなく、また、被控訴人主張の事故防止対策審議会は、控訴人を代表すべき労働者委員の出席がされていないという手続上の違法があるから、右の不支給決定は無効である。

4  争点

本件における争点は、本件事故について被控訴人に安全配慮義務違反があるか(争点1)、損害額(争点2)、被控訴人の特別見舞金の不支給決定の有効性(争点3)である。

第三争点に対する判断

一  安全配慮義務違反について(争点1)

1  控訴人が採っていた作業方法について

(証拠略)、控訴人本人の供述(原審及び当審)によれば、控訴人は、本件浄化槽の搬入の際にトラックから蓋のはずされているものを含めて原則として全ての浄化槽をまず倉庫内の浄化槽用に使用されていたスペースに搬入して隙間無く配置し、その後に、浄化槽の上に昇って蓋をするという作業方法(以下これを「本件作業方法」という。)をとっていたのであるが、本件事故当日に搬入された浄化槽の台数は一七台であり、本件倉庫内の浄化槽用に使用していたスペースから既に在庫の浄化槽が置かれていたスペースを除いた部分にこれを浄化槽の上に昇らずに蓋をする作業ができる程度に間隔を置いて配置した場合、在庫貨物を移動させるフォークリフトの通路を確保できなくなる不都合が生じるおそれがあったこと、控訴人は当日搬入されてくる浄化槽の台数を事前に把握できる立場になかったこと、蓋がはずされている浄化槽は、トラックの上下二段に積まれた上段のものであって、その蓋はトラックの荷台の奥の方に積まれてあり、浄化槽を運び出してからでないと取り出しにくかったこと、搬入作業は貨物を搬入してくるトラックを順番に待たせた状態でかつ随時搬出作業を行うこともある状態で行われ、トラック運転手らの搬入後の業務予定等を考慮すると、できるだけ急いで作業することが倉庫係に求められていたこと、作業手順については、基本的に前任者らの方法を踏襲したもので控訴人の創案によるものではないこと、以上の各事実が認められる。

右に認定した事実関係によれば、本件作業方法を行っていたことについては、控訴人の立場においては、やむを得ないものであったと認められる。

被控訴人は、浄化槽に昇らずに作業をするように他に採りうる方法があったにも関わらず控訴人の判断であえて本件作業方法を採っていたと主張するが、浄化槽をトラックから降ろして倉庫内に配置する際に間隔を空ける方法は、フォークリフトの通路を確保できなくなる難点があり、倉庫内に搬入する前にあらかじめ蓋をしておくという方法は、この搬入作業を控訴人一人で行うことを前提とすれば、はずされている蓋がトラックの荷台の奥の部分に積んであった際には、多大な手間と時間を要することになるという難点があり、被控訴人が指摘する他の作業方法を採用することは、控訴人にとって困難であったことは明か(ママ)であり、被控訴人の主張は採用できない。

2  被控訴人の安全配慮義務について

前記のとおり、控訴人は、浄化槽の上に昇って蓋をせざるを得ない状況にあったのであるが、(証拠略)、控訴人本人の供述(原審及び当審)によれば、浄化槽の形状及び材質は足を滑らせ易いものであること、蓋の重量が約五キログラムないし七・五キログラムあって、これを携帯しての浄化槽上での作業はバランスを崩すおそれが多分にあることが認められ、したがって、この作業には相当程度の危険があったというべきであり、このような作業が行われていたことを容易に知りうる状況にあった被控訴人としては、その危険性を除去すべく、倉庫内の浄化槽用スペースを拡張し、それが困難であれば、浄化槽の上に昇っての作業を極力避けるように控訴人に指示すると共に、他の倉庫係に浄化槽の搬入作業を手伝うように指示し、あるいは、搬入を担当するトラックの運転手らにはずした浄化槽の蓋は、搬出の際取り出し易い場所に積み込むように指示するなどの処置を採って控訴人が浄化槽の上に昇らずに作業できるように配慮すべき雇用契約上の義務を負っていたと解される。

したがって、それらの処置をいずれも採らなかった被控訴人の不作為は、雇用契約上の安全配慮義務に違反していたということができ、本件事故は、被控訴人の右義務違反という債務不履行によって生じたものというべきである。

二  損害額について(争点2)

1  損害総額

(証拠略)、控訴人本人の供述(原審)及び弁論の全趣旨から、控訴人の本件事故による負傷に基づく損害として、以下のとおり認められる。

入院雑費 金八四〇〇円(一日一四〇〇円、六日分)

休業損害 金七三万六一二七円(本件事故日から平成六年八月三一日まで八三日分、一日当たりの平均賃金相当額八八六九円)

慰藉料 金四〇万円(傷害の程度、入院日数、通院期間に鑑み右金額を相当とする。)

合計 金一一四万四五二七円

2  過失相殺

本件事故について、控訴人は、その作業の危険性について認識しながら浄化槽の蓋が足りないことに気づき、係りの者にそのことを伝えることに気を取られて、足下の安全確認を怠った過失が認められるところ(控訴人本人)、控訴人は、被控訴人の債務不履行により前記のとおり危険な状況における作業を迅速に行わなければならない立場にあったことを考慮すると、その相殺すべき過失割合は、一割を相当とする。

よって過失相殺後の総損害は、一〇三万七四円である。

3  既払分等の控除

控訴人が自認する休業補償給付金及び見舞金を右金額から控除するのが相当であるから、これを控除すると、被控訴人の賠償すべき損害額は金六〇万一三九四円となる。

三  障害特別見舞金規程に基づく特別見舞金について(争点3)

本件事故は業務上の事故であり、労働基準監督署の認定による休業補償給付がされた日数は合計八〇日間であり(<証拠略>)、被控訴人の障害特別見舞金規程第三条によれば、金八万円の特別見舞金が支給されるべきところ、被控訴人は、同規程六条による不支給の決定が適法に行われているから、その支給義務を負わないと主張している。

検討するに、右規程六条は、第二条の定にも関わらずその金額の全部又は一部を支給しないことがあると定めているに過ぎないから、同規程第三条による特別見舞金についても適用があるとはその文理上解されない。また、仮に同規程第六条が同規程第三条による特別見舞金についても適用があると解されるにしても、本件事故における控訴人の蓋が足りないことに気づいて係りの者にそれを伝えることに気を取られて、自己の足下の安全確認を怠ったという過失は、前記のとおり控(ママ)訴人の安全配慮義務違反により危険な状態における作業に従事していた際のものであること及び控訴人は本件事故発生時に作業を急いで行うことが要請される立場にあったことに照らすと、重大な過失とはいえないから、本件は同規程第六条の定める場合には該当しない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、上記被控訴人の主張は失当であって、被控訴人は控訴人に対し、特別見舞金として金八万円の支払義務がある。

第四結語

よって、控訴人の本訴請求は、安全配慮義務違反の債務不履行による損害賠償請求については金六〇万一三九四円、特別見舞金については金八万円及びこれらに対する遅延損害金を求める限度で理由があり、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当でないから変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 田近年則 裁判官 栁本つとむ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例